日本では、展示スペースを運営している企業の自主規制によって問題箇所を黒塗りしなければ公開ができなかった作品ですが、この度、カンヌ監督週間に正式招待され上映されることが決まりました。「Grand Bouquet」ついに、本当の意味で、世界初お披露目になります。心から嬉しいです。無茶な要求を見放さず、力を貸してくださった全てのスタッフの皆様に、心からお礼申し上げます。また触覚映画の企画を発案してくださり、触覚、五感、情動についてなど、わたしが興味をもっていたあらゆる身体現象を、研究者の目線でともに議論を深めてくださった、NTT基礎研究所触覚研究者の渡邊淳司さんWhatever.Incのハプティクスチームにも、深く感謝しています。カンヌで公開される5.1chの映画には触覚デバイスはつきませんが、映画を観ることで鑑賞者の内部に喚起される触覚を体感してもらえればと思っています。触覚という人間の情動に直接働きかけるこの作品は、人によっては抗いがたい「不快感」あるいは「快感」を掻き立てられるかもしれません。この作品の完全版を「不快」に思う人にも「快」に思う人にも、観ようと思って観てくれる、世界中のいろんな人に届けたいです。
いつか日本でも公開したいという、決意も新たになりました。(作品は、東映スタジオさんご協力のもと、5.1chでDCP化され、映画館で上映できるようになりました。)予告編と、あらすじと、ステイトメントをここに載せておきます。今回の作品は、わたしの内側から湧いてきたイメージと、その当時世の中で起きていたことを、ものすごく結びつけてしまって、内側と外側と行き来しながら、具現化していかざるを得ませんでした。どんな作品にも、自分だけではない、外からのきっかけや刺激というのはあるのですが、今回の制作においては、特にそれが大きかったように思います。
「Grand Bouquet」あらすじ
非力な個でしかないひとりの「人間」が、自分より遥かに巨大な力を持つ「黒い塊」と真っ向から対峙する物語。「黒い塊」は女に一方的に問いを投げかける。女はそれに対して答える意思は持っているのに、言葉して答えることができない。追い詰められた女は、声を出す代わりに、口から色とりどりの美しい花を吐き出してしまう。
Synopsis
A helpless woman confronts “a black object” with a power greater than hers.The “black object” shoots her questions. The woman has answers to these questions, but can’t say them aloud. She feels up against the wall, and begins to throw up beautiful colorful flowers instead of speaking.
ステイトメント
“MeToo”という言葉をきっかけに始まった運動は、今や世界中に広がり、これまで無言だった日本の女性たちでさえ、声を上げ始めました。彼女たちが、自分一人だけでは決して戦えるような相手ではない巨大な権力に真っ向から挑むことを決め、「声」を発し、それを「ことば」にしたから、そしてそれが広まる「土壌」が、現代にはあったから、これほど大きな運動になったのだと思います。弱者は女性だけではありません。外国人、難民、LGBTなど、あらゆる多数派のなかに交わろうとするすべての少数派の人間が、弱者になり得ます。世界中で起きた告発は、それぞれ異なった性質を持った事件だというのは理解していますが、大きな権力の前に、自分一人では現状をなにも変えられないことはわかっていても、次に自分のような犠牲者が出ないように、未来のだれかのためを思って紡がれた言葉はわたしの心に強く触れ、私を動かし、困難な映画の制作を推し進める力になりました。
「Grand Bouquet」というタイトルは、小さな存在でしかないひとりの人間の声を花に変えて、身を切られる思いでそれを自分の外側に押し出すこと。それに賛同する人々が集まり、皆で声をあげれば、声や言葉が大きな花束となって強い力を持ち、現状を打破し、新たな地平を築くことができるのではないか、そう願いたいと思ってつけました。けれども人々が集まるということはまた、その群れにまぎれて見えない個人を生むということでもあります。
実は、「Grand Bouquet」には邦題もありました。「いま いちばん美しいあなたたちへ」という日本語のタイトルです。この「美しい」という価値観は、その時代各地域の社会状況によって決められる、政治的で高圧的な言葉です。けれども、あらゆる生き物は「美しい」ものにもともと弱いのです。生き物の赤ちゃんの見た目や行動が「かわいい(Kawaii)」のは大人たちに守ってもらうための本能です。すべての生き物は、その身体の内側から湧いてくる生理的な感覚や情動に逆らうことはできません。わたしという一人の身体の皮膚を一枚めくれば、まるで世界そのもののように、各臓器、血管、細胞、ホルモン物質が複雑に関わり合って、わたしを生かしています。けれどもなぜ今生かされていて、逆にいつ病気になり、いつ死ぬのか、こんな大事なことは誰にもわかりません。自分の意思で声を出すことはできても、自分の意思で心臓を止めることはできない。この映画は、吉開菜央というひとつの未知なる身体と、その身の回りに起きたすべての出来事がスパークすることによって生まれたわたしの声であり、肉体そのものです。映画として残されたわたしの肉と声が、だれかにとってのギフトになり、次の世の、新陳代謝のためのエネルギーに使われるなら本望です。わたしたちはこれからも、世界中から花を集め、大きな花束にして、未来の人々に送るのでしょう。
Director’s Statement
The movement which began with the words “MeToo” has now spread across the globe, pushing Japanese women, who had been silent on the issue of women, to raise their voices. The movement grew to what it is now because these women chose to challenge this grand authority—impossible for a person to fight alone—used their voices and their words, and planted them in the modern soil, which allowed it to grow and spread. The oppressed are not only women, however. Immigrants, refugees, LGBT—all minorities who coexist with the majority can become oppressed. The accusations which have sprung up around the world each have different characteristics. These words, woven for those in the future, were uttered to prevent future victims in the face of a grand authority, even though change cannot come from one person. These words grasped at my heart and pushed me to tread this steep path of creating this film.
The title, “Grand Bouquet,” is about transforming the voice of an insignificant human being into a flower, and to push it outside of oneself despite the pain. If people begin to gather in support, raising voices in unison, these voices and words may grow into a bouquet, powerful enough to break the status quo, and create a new horizon—that is the hope with which I named this piece. But, when people gather, it again births invisible individuals.
Grand Bouquet had a Japanese title. It was For You, Who Are Now The Most Beautiful. This word, “beautiful” is a political and oppressive value determined by the social situation of every period. But, living beings cannot help their attraction to “beautiful” things. The “cuteness (kawaii)” of a baby’s appearance and behavior is an instinct, built for protection. No animal can betray these physiological sensations or emotion which boils up from the inside. Peel back my skin, and within my body, you will find an entire world: each organ, blood vessel, cell, and hormone intertwine to keep me alive. But why is it that I am alive, and when will I become sick, and die? No one has the answers to these critical questions. Though I can will myself to speak, I cannot will my own heart to stop.
This film is my voice and my flesh, born out of an unknown body named Nao Yoshigai, and the spark it caused with all of the events which occurred around it. If my flesh and voice, which will remain as a film, can become a gift for someone, to be metabolized for energy for the next generation, I will be satisfied. We will continue to collect flowers from around the world to send a bouquet for the future.
Translator: Neo Sora